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まるで二人は空気のようだと、思った。 「菊とは高校の、図書館で知り合ったんだ」 いつものように煩い兄から逃れて立ち寄った先の、マンション十階から見える景色を見ていた香は、紅茶を飲みながら思い出したように語るアーサーへとするり、視線を走らせた。菊、その名詞一つで振り返ってしまう自分がなんだか酷いくらいに追い詰められている気がして眉を寄せた香には気付かずに、アーサーはぼんやりと緑色の目を細くさせている。 「あいつは本を読んでいた俺の隣に座って、三十分ほど熱心に本を読んで、独り言みたいに 英国ファンタジーにおける魔法の定義って何でしょうか といった」 そのときは学園内でアーサーを英国人だと知らないものは一人もいなくて、好奇の視線や少しばかりの嫉妬の目は多々あったけれど、まるでそんな壁など一切存在しないのだとばかりに問いかけてきた菊の声に圧倒されて言葉を失ったアーサーに、菊はそこで始めて気がついたとばかりに瞬きをして顔を上げたのだという。菊らしい一幕にそっと香は笑みを見せた。アーサーは香の笑みに苦笑を返して、すっかり耳を傾けている香へ遠慮がちとも取れる距離のまま小さく昔語りを続ける。 「小説の話から詩歌の話になって、それから戯曲、最後には西洋と東洋の考え方の違いになっていった。話がここまで通じる奴も珍しいと思ったけど、それはあいつも同じ考えみたいだった」 それからの付き合いだ。アーサーは一端言葉を止め、香を見てはくすりと微笑んで立ち上がった。何も食べてないならピザでも取ろうか?アーサーの言葉に、香は少しだけ黙った挙句頷く。アーサーは目を伏せて電話へと向かい、丁寧に整頓された紙の中から器用に目当てのものを発見して受話器をとった。 「寛いでおけよ」 「・・・はい」 電話口で注文を始めたアーサーの背中を見た香は瞬きとともに深く息をついて、脳裏にすぐ浮かぶことが出来る菊の姿を思い返す。落ち着いて大人びている幼馴染は、当たり前のように自分がみていない場所でも生きている。それは自分でも同じ事で、交友関係の違いはそれでも二人の関係自体に齟齬を与えるわけでもないという事は知っていた。香はそっとアーサーへ視線を送り、ついでアーサーが話した菊の一面を一欠けらでも自分が知っている彼と似通ってないかを探り出した。類似している点は見つからず、香はとくに悲しくもなければ嬉しくも無い感覚を携えて目を閉じる。 (俺と、あの人は、ずっと同じ風に生きてきたわけじゃない) それだけのことと そう頭では簡単に答えが出せているのに、目を開けてしまい再びアーサーを見たら、どうにもならない子供のような癇癪で何かを言ってしまいそうな自分が嫌だった。 目を閉じた先でアーサーが不思議そうに声を上げる。きっともう数分したらアーサーの携帯へ菊が遠慮がちにメールをしてくるのだろう。そうしたらアーサーは香へ視線をおくり頷くのだろう。計算されたように滑らかな動作を行なえる二人を比喩したところで、香は瞳を開けてアーサーを見据えた。菊の知らない一面を知っているという点であれば負けてはいないと思えるまでの冷却期間は短かった。 (ええそうです、余裕なんて最初から無い) (だって貴方は同じ歳で同じ目線で同じ空気を纏っていられるんだろう) |