別れる行為は、だからこうして影に消えた。




「唐突に別れを告げるものですね」

日本はそっと微笑みながら瞬きを行ない、香港を見つめた。香港はぎこちなく笑みをみせて日本へ頷く。遠い欧州に行くのだと、いう。別れも仕方の無い時勢であるならば 考えるだけその問答は無意味になるはすであった。

「日本兄 」

香港は小さく呼びかけて、薄い笑顔を浮かべ続ける日本を見つめた。ぼんやりとした砂利道は月が照らしているおかげで脆弱であり不穏だった。青白い光と称したのはどこの誰だったか。遠い月日の中では愛でていたはずの月は今日本の本音さえも弱い光で隠して見えやしなかった。香港のせいたような呼びかけに、日本は耐える。もしかしたら、香港は考えた。このまま時がとどまり行くとしても結局のところ死滅という形は待ち受けるのではないか、例えばそう、憂鬱という名の停滞によるものであるとか。

「我は、貴方のことを 」
「香港」

香港の呟きに、日本は凛とした答えを返した。空気さえ切り裂いた鋭利な言葉の意味が自分の名前になることが信じられずに、香港は小さく目を伏せる。月に照らされて出来た影が目に映った。細くゆらゆらと揺れている影は色濃く、二寸ほど先にもう広がっている闇に上手く溶け合っている。

「随分と、寒くなってまいりました。体を冷やしては毒となりましょう」

香港は、日本の言葉の意味をきちんと知っていた。会話を切り上げたいと願う気持ちも、分からないままではいられなかった。きっともう少ししたら香港は此処からいなくなる、此処にいるのにいなくなる。その意味だって、知っているつもりだった。

「・・・だから、 もう 」

日本が残した言葉は、小さくてまるでつやつやとした青銅器を割ったもののように冷たかった。香港は唇を噛み、目上の者に対する敬愛の意を込めて姿勢を正し深々と礼をした。日本は香港が顔を上げるまで一言も喋らず、視線が触れ合った瞬間に声を上げることなく何かを呟いた。香港は、瞬きをして見えなかった言葉の意味が滲んで影となり闇と同化してしまう様子を頭に思い描いた。例えばそれが日本の零した何か感情を表す言葉だったとして、今香港にそれを聞き返すための方便はないのだ。同化された存在しない言葉の欠片に心の中で名前を付ける。どうしようもないことだと知りながら



「また、貴方が帰ってくる日まで」


失われた日本の言葉の変わりに、香港はそう囁いた。何かを悔いる気持ちは、今弱弱しく地表を覆う月光に隠されてしまえば いい 。






(月影に隠れた 後悔 )