色とりどりの頭髪を奇抜なスタイルに整え、どこ出身の人だろうかと戸惑うほどの特殊な語尾を駆使し、常識から外れた思考回路を惜しげもなく披露する。
そんな女性たちとのドラマチックな恋愛ができるのは、いわゆるギャルゲーという代物だ。
テレビ画面の中で無邪気に笑う少女を、畳に正座した日本が真剣な眼差しで見つめていた。その指はゲーム機のコントローラーを忙しなく操っている。このゲームが発売してから五日。難易度が意外と高く、日本の時間を散々奪ってくれたが、それももうすぐ終わるのだ。訪れるであろう達成感を目指し、日本はコントローラーを握り直した。
「それ、もう三時間もやってますよ」
だが、その声に意識を引き戻される。僅かに眉を寄せながら見ると、遊びに来ていた香港がいつの間にか至近距離に居た。それどころか、背後から日本の腰に腕を回してかなりの密着っぷりだ。完全に別世界へ浸っていたためか、こんな体勢になっていても気付かなかった。
けれど、気付いたからといってどうということもない。
「最難関の女教師があと少しで落ちるんです」
すげなくそれだけ言うと、日本は再び画面へ視線を戻す。
彼女を最難関足らしめる、発生条件が絶望的に厳しいイベントはクリアした。あとは細々としたフラグを立てていけばいい。けれど、その油断がケアレスミスを招くのだ。気をゆるめてはいけない。全神経を集中させなければ。
日本の決意を感じ取ってか、香港の腕の力が強まった。
「……俺もそういうの嫌いじゃないですけど。いや、むしろ好きですけど」
そろそろ構ってください、寂しいです、日本の耳元で甘えた声も出す。が、二次元が関わった日本はこの上なく非情である。
「ポチくんに遊んでもらいなさい」
動じる気配すら見せず、さらりと流した。ポチくんこと日本の愛犬は賢いので、呼べばすぐに来るだろう。そしてちゃんと相手をしてくれるだろう。寂しいだけならそれで十分なはずだと、日本は自己完結した。
基本的に外面の良い日本がこんな態度を取るのは、ごく小数に対してだけだ。普通、ゲームがやりかけだからといって来訪人を放置したりしない。もちろん香港も初めはお客様としてもてなしていたが、それは遠い昔のこと。どんな運命の悪戯か休日を共に過ごすようになり、そうして時が経てば遠慮もなくなるというものだ。
香港はひとつ、けれど深いため息を吐いた。色々なものを諦めたらしい。人とはそうして大人になっていくのだ。日本も香港も人間ではないが、その辺は似たようなものである。
「日本さんのそれ、病気の域ですね」
ゲームのシナリオも終盤、エンディング直前だ。日本は手元を見もせずに慣れた動作でセーブしながら、それ、とはこの二次元狂いのことか、と考える。
「そうですね。止められないから、病気ですね」
「……どうして止められないんですか?」
少し拗ねた口調の香港に、日本は無関心を装った。ある程度突き放すことが、彼に対しての最後の自己防衛手段なのだ。
「こういうものは、裏切らないでしょう?」
いよいよ告白シーンである。画面に映るのは、緑の髪、眼鏡、巨乳、萌え要素が詰まった女教師だ。真摯に愛を伝えてくる彼女を眺めながら、日本は薄く笑った。作られたものの紡ぐ作られた愛情など、ひと時の慰みに過ぎない。
「ただの逃避ですよ」
日本の愛したものは、慈しんだものは、全て零れ落ちてしまう。いつかの彼は日本自ら手酷く切り捨て、いつかの彼らとは時代の流れに引き離され、いつかの彼にはあっけなく捨て去られた。現実は、いつだってそんな風に終わりが来る。確かなものなどありはしないのだから。
香港の腕が解かれ、体が離れた。望んでいたことのはずなのに、まるで引っかかれたかのような痛みが胸に走る。
遠くない未来、こうして彼自身も離れていってしまうのだ。だから、執着してはいけないと、想いを募らせないようにと、必死で抑制する。けれどそれでも、その日が来たら自分はどれほど苦しむことになるのか。最初から近付いてほしくなどなかった。きっと、そんな風に思ってしまうほどには。
考え出せば、すぐネガティブの渦中に飲まれる。苦しくて仕方ないが、これは性格だ。どうにもできない。
不意に、ぷつり、音とともに女教師は暗闇へ消え、やがて印象的な音楽とともにゲーム会社のロゴが映し出される。香港が身を乗り出し、手を伸ばしていた。ゲーム機の、リセットボタンへ。
「……なにするんですか」
スタート画面を眺めながら憮然と呟く。日本が冷静でいられるのは、セーブしたばかりだったからだ。さもなくば、投げ技くらい飛び出していただろう。
香港は答えず、日本とゲーム機の間に座り込んだ。きちんとテレビから適度な距離を保ってプレイしていたので、そうできるスペースはあった。しばらく、無言で見つめ合う。
静かなる熱き戦い、どこかで聞いたフレーズがよぎった。
しかし、片や他者と目を合わせることすら困難な生粋の日本人、片や我が強い要素の二乗な香港人。勝負は見えている。
数分の後、根負けしたのはやはり日本だった。未練がましく握っていたコントローラーを渋々横に置く。と、そのタイミングを見計らったかのように抱き寄せられた。
「俺は、日本さんが好きですよ」
香港の鼓動と、どこか途方にくれた声を聞く。
「ずっと好きだと言っても、どうせ信じてくれませんよね」
よくわかっているじゃないか。そう思いながら、また胸が痛い。これは恐らく罪悪感だ。自分よりずっと年若い心を、彼自身に縛り付けさせている。そのくせ、日本がこういった言葉に何か返すことはないのだから。
しかしそれすら打ち消す高さで、過去の自分からの警鐘は響く。
どうせならなるべく早くに、悲しみが少しでも軽く済むように、終わらせてほしい。自分からは、とても離れられそうにないから。
そんな思いに反するように、香港は更に強く日本を抱きしめた。
「だけど明日も、俺は日本さんが好きです。絶対に」
香港の言葉は甘く広がる。日本の中に深く根付いた猜疑心も劣等感も、あたたかく溶かしていく。
「それくらいは信じてくれませんか」
そんな錯覚をしてしまうほどだ。
「……はい」
この瞬間もいずれ幻になると知りつつ、日本は静かに目を閉じる。優しい腕に包まれたまま、もう少しだけ夢へ浸るために。
数多の“明日”を積み重ねていれば、いつか永遠にも届くのだろうか。
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素晴らしい企画に参加させていただき、光栄の極みです。
ギャル男語もルー語も不自由な私が香日とかナマ言ってすみません。開き直って全然使わず二重にすみません。
ギャルゲーつけっぱでなにやってんだ、というギャグです。説明を要する時点で寒い。
山を賑わせる枯れ木にすらなれませんでしたが、非常に楽しく書かせていただきました。
主催の宮崎様並びに間崎様、素敵な企画をありがとうございました!
(2009/1/19)